SACLA - SFX プロジェクト
本プロジェクトは文部科学省から委託を受け、X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発」(通称:SACLA-SFXプロジェクト)として、2012年6月にスタートし2017年3月に終了しました。創薬ターゲットとなる蛋白質の構造は、新薬の探索や最適化に重要な情報です。しかし、それら蛋白質の構造解析は、非常に難しく時間を要することが知られています。X線自由電子レーザーを用いて、そのような蛋白質を迅速かつ高分解能で構造決定するための新たな技術開発を目指しました。
岩田想グループディレクター(理化学研究所 放射光科学研究センター SACLA利用技術開拓グループ)を研究代表者とし、10を超えるグループが連携・協同してプロジェクトを進めました。SACLA のビームラインや利用システムについて、構想・実現・運用を一貫して手がけてきたビームライン研究開発チームとコラボレーションし、構造生物学などの研究者がX線自由電子レーザー施設SACLAを容易に活用できるように技術開発を行いました。
X線自由電子レーザー施設 “SACLA”
理化学研究所は、世界初のコンパクトX線自由電子レーザー施設 SACLA を完成し、2012年3月より利用運転を開始しました。SACLAでは、超高輝度、 高い空間コヒーレンス、フェムト秒パルスというかつてない特性をも持つX線レーザー(XFEL)を作り出すことができます。このX線を活用することで、構造生物学など の生命科学分野においても研究の進展が期待されています。
SACLAでは共用を開始して以来、XFEL光源および利用実験システムの性能向上と安定運用に向けた開発や高度化が進められてきました。2015年に国際学術雑誌の自由電子レーザー特集号においてSACLAに関する4本の論文が報告され、現在のSACLAの状況を紹介するとともに、最新の利用成果をまとめています。
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2006年に建設が本格的にスタートし(左写真)、2011年3月に完成(中央写真)、6月7日に最初のレーザーが発振されました。ユーザーオペレーションは2012年3月7日から始まりました。右はSACLAの実験棟です。
世界のXFEL施設では、米国スタンフォードのLinac Coherent Light Source (LCLS)が2009年より共同利用を開始しました。また、ドイツ電子シンクロトロン(DESY)がEuropean-XFELを、スイスや韓国がXFEL施設を2017年と2016年に稼働しました。
X線自由電子レーザーの特徴
SACLAのXFELは、従来のアンジュレータ放射光で得られる光に比較して、10億倍もの輝度、1000分の1以下のパルス幅、ほぼ完全な空間コヒーレンスをもつ光を生み出します。X線による構造解析では、私たちが日頃物体を目で見るときと同様、光が明るいほど小さいものを高解像度で観察できます。XFELは非常に輝度が高いため、1パルスを照射しただけで、試料は崩壊してしまいます。しかし、10フェムト秒以下の極短パルスを用いると、原子位置の変異やラジカル反応により化学結合が変化・切断される速度よりもX線の散乱過程の方が速くなるため、試料が壊れるよりも早く試料の情報を記録して解析できます。こうしたXFELの特性を利用して、蛋白質の結晶試料を用いたX線構造解析や、非結晶試料からのコヒーレントX線回折イメージングの研究が盛んに進められています。
シリアルフェムト秒X線結晶構造解析法
本プロジェクトでは、主にシリアルフェムト秒X線結晶構造解析法(SFX)を用いて、創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発を進めています。SFXは、多数の微結晶を含む液体などをインジェクターから噴出しながら、X線レーザーを照射し結晶構造を解析する手法です。配向の異なる多数の微結晶から回折データを連続的に収集します。XFELは非常に強いX線のため微小結晶の構造解析が可能となり、常温の測定により生理条件に近い構造観察が可能となります。また、フェムト秒の極短パルスであることから、放射線損傷を無視できる構造解析や、フェムト〜ピコ秒単位の時分割測定が期待されます。
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左の写真はシリアルフェムト秒X線結晶構造解析法の概念図です。液体インジェクターにより噴出された微結晶に、X 線自由電子レーザーパルスのビームが照射されます。中央の写真はリゾチームの回折像、2013年3月25日に本システムを用いてSACLAで得られた初めてのイメージです。右の写真はリゾチームの電子密度図で、14,000枚(1実験条件、測定時間12分、15mg/mlを3ml)のイメージ中、6,148枚の回折像を取得し、3,520枚の指数付け可能で、分子置換法により電子密度を求めたものです。
まずは液体ジェットインジェクターを用いて、2013年3月にリゾチームのようなモデル蛋白質のデータ測定及び解析が可能となりました。このインジェクターは数十〜数百mgの蛋白量を必要とすることが課題でした。そこで、構造生物学研究者グループとビームライングループが協同して、lipidic cubic phase用のインジェクター(LCPインジェクター)の開発を進めました。その結果、数百μgの蛋白量で、LCP法で結晶化した膜蛋白質結晶の構造解析が可能となりました。可溶性蛋白質に関しても結晶を遠心等で濃縮しグリースと混ぜることにより、同じLCPインジェクターを用いて同程度の量、時間で構造解析が可能となりました。
SACLAでは、SFX用の蛋白質の迅速構造解析のための実験システムを DAPHNIS(Diverse application platform for hard X-ray diffraction in SACLA)と名付けています。これは、各種インジェクターをセット可能な試料チャンバー、XFELと試料の位置を調整するためのカメラ、XFELの強いビームかつ高いフレームレートに適した検出器などの装置群から構成されるコンパクトなシステムです。試料チャンバーはヘリウムで置換され、コンパクトでシンプルな構造なので試料の交換が容易です。この実験システムを基盤に、ポンププローブ法を用いた動的構造解析にも着手しています。
ビームタイム実験
SACLAでは、半年に1度、共用ビームライン利用研究課題の募集があります。応募した課題が採択された場合、SACLAのビームタイムでの実験が可能となります。放射光施設の蛋白質結晶X線回折実験では、結晶を液体窒素温度で凍結して保存し、1つの結晶から多数の回折像を取得し解析を行います。一方、SFX実験では常温で多数の結晶によるX線回折像を用いて解析を行うので、測定の準備や実際の測定を進めるために放射光実験とは異なったノウハウが必要とされます。
2015年に、蛋白質科学会アーカイブに「シリアルフェムト秒結晶構造解析のための試料調製法:バッチ法による微結晶化と高粘度媒体を利用した結晶送液方法について」を公表しました。私たちは、SFX実験が汎用的な構造解析の手法として、広く構造生物学者が利用できるように開発を進めています。今後も順次、開発した方法やノウハウを公表する予定です。
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2013年7月中旬に液体ジェット方式で実験を行った際の様子です。左の写真は実験ハッチ、中央の写真は実験ホールです。ビームタイム後にプロジェクトの全体会議を行い、参画機関の構造生物学研究者や装置開発に関わる研究者、理化学研究所の研究者やエンジニアなどが集結しました(右)。